問題は最初からなかったとしたら?

幸せ

友人に

「わたしって特別に好かれる人でもないのに、
最近のご縁が不思議」

と言っていたのですが、
この自己認識、間違ってました。

嫌われることが多いわけではないけれど、
そんなに好かれる人でも選ばれる人でもない、
長女で頼ることが苦手で
可愛げがないから
年上には好かれないという
自己認識にあったのですが、

8月16日上弦の月の日に、
過去が次から次へと思い出されて、
むしろいつも誰かに特別に好かれ、
選ばれてきたことに気づき、
混乱してしまいました。

今までも、
ちゃんと愛されてきたんだな~
とは思えるようになっていましたが、
そこまで特別に
愛情を注がれ続けて来た
との認識はありませんでした。

同時に、妬まれて
嫌な思いをすることもあったことが
思い出されて。

だから妬まれることが怖かったのです。

それをそのまま受け取ってしまうと、
コインの表だけじゃなく裏の「妬み」も
引き受けなきゃならなかったから、
「ほどほど」に受け取る or 受け取らない
をしてきただけでした。

そして、勝手に期待された後に、
その人の意向に沿わないと、

「信じてたのに!」

と責められ、
落されたことがあった為に、

そんな思いをするくらいなら、
身の丈、ほどほどしか要らない
と思うようになったのですが、

よくよく思い出してみると、
そのような目に実際にあったのは
ほんの数回で、

そのたった2%のために、
その他の98%も同じことが起こるのではないか?

との恐れから、
ほどほどというマインドになっていたのだ
と分かりました。

子どもの頃の良かった出来事も
悪かった出来事も、
全て「黒歴史」として
ひとまとめにしていたのです。

そのことに気づいたとき、
わたしが「わたし」と思っていた認識が、
ガラガラと崩れて、
どんな顔をしていいか分からなくなって。

今までこれが自分だと思っていたのに、
実は180度違っていたのですから、
混乱してしまったのです。

ふと「始まりはどこ?」と考え始めたら、
3歳になったばかりの時に
亡くなった父に急に会いたくなって、
それから3日間泣き続けました。

去年の夏から、
父を感じることができるようにはなったものの、
物質として触れることができる父に
会いたくて、抱きしめられたくて。

わたしの記憶の中にある父は、
亡くなって横たわる温もりのない父だけだから。

自分がここまでファザコンだったとは!
と、呆れましたね(笑)

ようやく「本来の自分」を
受け入れる心の準備が整った翌日の朝、

その日20日は旧盆の迎えであることを知って、
「だからこんなに会いたかったんだな~」
ということも分かって。

さらに丁寧に見て行ったら、
わたしを特別に評価してくれた方々の
傾向のようなものも気づけました。

自分よりかなり年上の方、
おじさんやおばさん、友だちの親、親の友だち、
学校の先生に多く選んでもらえて、
とても引き立てられてきたのだなって。

友だちとの関係が上手く行っていない時期でさえ、
職員室や保健室が大好きでしたし、

会社員をしていた頃は、
自分の親と同じか少し下の世代の方に
自分が思う以上に評価してもらえたり、

結婚してからも
夫のおじさんやおばさん、
妹の旦那さんのご両親に至るまで
とても良くしてもらってきました。

好かれるだけじゃなく、
えこひいきされてきたのに、
すっかりなかったことにしてきたのは、
わたしの方でした。

問題は最初からなかった?

そのことに気づいたとき、
長年、壮大な一人コントを
繰り広げていたことが分かり、
しばらく胃が痛かったです。

ただ必要なものを受け取るだけのことが、
なんでこんなに難しいんだか。

きっと、
今までの自分が
自分でなくなってしまうようで
抵抗していたのかもしれません。

20日、久しぶりに母に電話をしてみました。
亡き父のことが聞きたくて。

27歳の若さで夫を亡くしたショックと、
今の父(再婚相手)に悪いからとの想いから
忘れるように生きてきたのを知っていたので、
今までちゃんとは聞きづらくもありました。

今回は、母も思い出せる範囲で
色々と話しをしてくれて、

最後には泣きながら
「今が一番幸せ」と言っていました。

「みほも〇〇(妹)もいい子に育ってくれて、
お父さん(今の父)も優しくなったから、
今が一番幸せだ」

って。

わたしは母にとって決していい子ではなく、
むしろ20歳を過ぎてからは、
ことごとく意に反して生きてきて、

それを責められた時期もあったのに、
幸せになるとそんなことは
すっかり忘れてくれて、

「ずっといい子だった」と言うのです。

わたしが何とかしようとしなくても、
こうやって母は勝手に幸せになった。

「みほのほうこそ、体調はどうなの? 
病気の方はどうなの?」

と聞かれましたが、
わたしもわたしで、母がどうにかしようとしなくても、
こうやって幸せに過ごせています。

お互い、そんなに連絡を取り合わなくても、
こうやってそれぞれ勝手に幸せになっているのです。

母とは何かと衝突することが多かったのですが、
今回はイライラしたり、
我慢して体調が悪くなることもなく、
会話することが出来ました。

母にも
「みほは昔から、おじさんやおばさんに
とても好かれる子だったね」
と言われて(笑)

そう言えば以前も、
あまりの人見知りのしなささと、
おじさん、おばさんからの好かれっぷりに、
誘拐されるんじゃないかと
心配したことがあると言っていたのを
思い出しました。

受け取れないから
スルーしていたのでしょうね。

去年の夏に不思議な体験をしたとき、
「わたし、間に合った!」
と分かったのですが、

具体的に何に間に合ったのかは分からず、
何に間に合ったのだろう?
と折に触れ考えてきました。

それはたった1つの何かではなく、
今回の「本来の自分に戻る」ことや、
母が元気なうちに亡き父について
話せたことなども含まれることが
今回の事で分かりました。

きっとこれからも、
何度も「これにわたしは間に合ったんだ」と
思えることがあるのだと思います。

今、近くにいる亡き父も、
母の言葉を聞いて喜んでいるのを感じています。

関連記事

  1. フライト中の「魂くん」との会話

  2. 幸せになるための唯一の方法

    幸せになるための唯一の方法

  3. 腰痛

    6.腰痛(Vol.6)

  4. 父親が子供を叱る

    3.そして(Vol.3)

  5. 視点を変えてみる

    5.視点を変えてみる(Vol.5)

  6. 誕生日の花束

    誕生日の花束

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。