この世界は鏡という考え方に、よく言われている話がもう1つあります。
宇宙はビッグバンで、すべてがある(いいこと、わるいこと、ある、ないも含めてすべてがある)1点から、分離して広がっていきました。
ここで、わかりやすく説明するために、”わたし”と、自分以外の”せかい”の2つしかないと考えます。
「すべて」を、「自分」と「自分以外の世界」の2つに分離していると考えると、もし自分が持っているものがあったとしたら、世界にはそれが無い。
わたしに「幸せがある」なら、せかいには「幸せがない」。(つまり不幸がある)
わたしに「善がある」なら、せかいには「善がない」。(つまり悪がある)
わたしに「楽しさがある」なら、せかいには「楽しさがない」。(つまり、苦しみがある)
つまり、このせかいは鏡になっており、わたしとは反対のことが映し出されるということです。
スピリチュアリストとして有名なさとうみつろうさんの本には、上記を以下のように解説しています。*
「わたし」、「せかい」、そして”わたし”と”せかい”の関係性を「体験」といい、この3点しか宇宙には存在しない。
プラスとマイナスの間を行ったり来たりするのが【体験】で、「悪いこと」と「良いこと」を行ったり来たりするのが人生だ。
で、このブログで私が何を言いたいのかというと、この世界には幸せだけがあるわけでは無いということです。
自分が幸せだったとしたも、不幸が必ずこのせかいに存在します。
ずっと自分が幸せだったらいいかもしれませんが、ずっとその状態でいられるわけではないのです。
なぜなら宇宙は、”幸せ”も”不幸”もぜんぶ「体験」をしたいのだから。
では、どうしたらいいのでしょうか?
前述のさとうみつろうさんは、そのためのヒントを記載してくれています。
「今いる場所がどこであれ、そこを楽しむのだ」と。*
何が起きても、楽しみ、その体験を味わい尽くしてしまえば、もうその体験は終わります。
そうすると、もとの宇宙の「ある」、「ない」を含めたすべてを手に入れることができるのです。
*出典:「悪魔とのおしゃべり」さとうみつろう
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